アラフォー独身女性が考えてること

これ、いいな。と思うことを書きます。

読書:芥川龍之介「鼻」を小学生のうちに読んでほしい

国語の授業から学びを得ることは多かった

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文学に触れる機会というのは大人になったらわざわざ作るものになります。好きだからその時間をとるために効率よく事をかたずけて、ゆったりとした読書タイムをとるようにしたり、はたまたどうしても読書がしたくて喫茶店に行き、本当にやらなければならないことを後回しにしたり。ほぼ活字で出来ている本は、漫画の絵のような凝り固まった感情を伝えてくるものがなく、文字から想像するものを自分のペースで読み進め、自由に解釈できるのが私は好きです。著者は激怒を伝えたいのかもしれませんが、私が読むとその激怒を注意喚起くらいに捉えて読み進める、これが間違っているかと言えばそうでもなさそうなのが好きです。

学生の頃の国語で学習した作品のなかで2つ印象深いものがあります。「スーホの白い馬」と「羅生門」です。私は作品への解釈が歪んでいるのですが、一応ご紹介をしてみようと思います。

スーホの白い馬は自ら発した言葉への報いがこれでもか!という形で戻ってくる話?

馬頭琴が出来たお話をファンタジーに書かれたものだと思っていますが、この話の根本として私は「逆らってはいけない人に逆らったら痛い目にあうぞ」という教訓が込められていると感じていました。ちなみに、小学校の頃に「この物語から教わることは何ですか」という問題に対して「逆らったスーホが罰を受けたんだと思います」という回答をして正解がもらえなかったことをよく覚えています。正解は「馬とスーホの絆が素晴らしい」のような感じだったような・・・。長い物には巻かれよではありませんが、この白い馬の死はどうしてもスーホの最初の行動が引き金な気がしてならなかったのです。かといって、素直に白い馬を渡すことはできなかったと思いますから権力の恐ろしさと書けば正解をもらえたかもしれませんね。むろん、ちびっ子は権力などという言葉を知りませんから、やはり絆が美しい系でまとめるのがよろしいかと思います。

羅生門は生きるために道徳心を捨てたら報いがくるかもという話?

生きるために人のものを奪う、盗人になるという生き方は選択していいのだろうかという葛藤がこの物語の根本だと思っています。この物語の一番面白いところは、主人公であろう者が盗人になって終わることです。え?そのあと主人公は盗んだもので何したの?という心地悪さが秀逸な作品です。容易に想像できるから先を書かなかったのか、先は読者にお任せしますというスタンスなのかはわかりませんが、私はこの話の主人公はバッドエンドを迎えるだろうと想像します。容易に想像できる方に一票です。羅生門は私に「負の連鎖」を教えてくれた本だと思っていたいからです。

偶然ですが、スーホの白い馬のときに感じた、自らの負の行動に報いをうけるのと一緒です。しかもプラスの方向ではなく、マイナスの方向にそれが連鎖するという現象です。良いことは当たり前に感じ、悪いことは気持ちの中で目立つというのはこの負の連鎖を本から感じ取ってからよく思ってました。例えば、断水したら水道局のインフラ整備が悪いからだ、ではないですよね。普段365日以上当たり前のように水が使えていることが素晴らしいのに負に注視した言い方になってしまうのは、負に対して意識がどうしても強くなってしまう幸せな生活をしているからでしょう、幸せボケです。

芥川龍之介の作品で一番心に刺さったのは「鼻」

私が負の方向に教訓を得られそうな本のことが印象に残るタイプの人間であるという紹介はさておき、社会人になってから羅生門が読みたくなって買った本に一緒になっていた「鼻」という作品には衝撃を受けました。ものすごい短い文章なのですが、読み終わってから人間の心の汚さをはっきりと感じ取れました。これもやはり「負」の部分に目が行ってしまうが故の教訓を得られる作品です。

自らのコンプレックスを消そうとして、それが表面的にはうまくいったのに内面が満たされない・・・むしろ不安に陥ってしまうというのは、マズローの欲求5段階説でいうところの高次欲求3つが当てはまると思いますが、それを満たすのは相当難しいことなんだなと感じられる作品でした。あるべき姿を想像してそれを叶えても、実はそれがあるべき姿ではなかった・・・周りから変だと思われて過ごしていくことの辛さ以上に、かっこよくなったことをひそひそ噂されることの息苦しさが勝るというのは何とも感慨深いです。

これはコミュニティに属する誰もが他人の目を気にして生きていることに他なりません。周りの目がどれほど個を形成するのか、この話は小学生の頃にぜひ学んでほしいと思います。いじめはダメとかそんな教育的きれいごとのためではなく、ただ人として自らの言動が無意識に影響を与えているかもしれないということを早めに学んでほしいのです。作品には個々の視点が織り交ざることで捉え方も様々あって当然です。その様々な感覚を受け入れることを学んで、将来の日本を豊かにしてほしいと思っています。