アラフォー独身女性が考えてること

これ、いいな。と思うことを書きます。

槇原敬之:Hungly Spider 唯一歌詞を読んでみたくなった曲

クモだらけにならないか心配な私のブログ

最後の方に書きますが、本日のこのブログの結論は「私はLGBTQIAのAにあたる人物だ」ということです。

先日のヘウレーカでみたクモ特集が尾を引いてか、今日はクモにまつわる曲を思い出しての投稿となりました。該当記事については下記の記事にてご確認ください。

own-pace-2021.hatenablog.com

本日は在宅ワークにて25日に行われるプレゼンの資料作成に没頭しておりました。プレゼンを作成するとき、データ回収の際は「無音」で行います。科学的検証結果があるのかは知りませんが、音楽をかけていると自分は意識していなくてもその音楽に何かしら影響されて感情を揺さぶられているような気がします。

データ回収は出来上がる資料の質を高める大切な部分。このデータがしょうもなければ、相手にギャフンといわせるようなものにはなりません。実証実験中のアナリティクスの結果を表にすることは簡単ですが、その結果になったのはどうしてかを検証する際に、出来る限り感情をおさえたロボットの仕事をするのが相手のためになると考えています。私の感情ではなく、世間の感情である必要があるのです。

検証終了後の資料作成で聴きたくなった「Hungly Spider」

私には分からないことがあります。なぜ、選ばれる音楽とそうでない音楽があるのか・・・。本当になぜかわからないのですが、今日は槇原敬之の音楽が聴きたくなり、しかもHungly Spiderがどうしても聴きたかったのです。

時々このような感情になります。いつもならプレイリストを選択するか、アルバムデータから目に見えている範囲で「これ!」とダブルクリックをするだけなのですが、ごくまれにどうしても「これが良い!」となって検索バーで探すことがあります。本日はそれがHungly Spiderでした。

この曲はのっけで気持ちを持っていかれた作品です。インストになって欲しいと願いました。ほんとにかっこよかった・・・。初めて曲を理解してみたいという感情にかられました。


【槇原敬之】Hungry spider 2013

Hungly Spiderは自らを卑下する気持ちから歌われているのか

私はこの作品は「違う世界に生きる者をどう自らに理解させられるかの葛藤を描いた絵本」と思っています。そして「普通とは違う世界に生きる者とは自分だ」ということが分かったうえでの物語であるところがどうにもいたたまれない作品だと思っています。

<歌詞1>

  • あなたは私と住む世界が違うひと
  • そんなあなたと少しでも近づけたら嬉しいけど、それはあなたを傷つける行為
  • あなたを傷つけたくはない、だから、あなたに似た人が私に興味をもってくれても問題ないんだ
  • これはあなたに「美しい」と言ってほしくて作っているだけ、観賞用だよ、だから特別な興味を持たなくても良いんだ、無駄に近くに来ないようにね

<歌詞2>

  • え?!観賞用なのに、どうしてそんなに近づいちゃったの?
  • 「助けてください・・・」
  • やっぱり、私はあなたにとって恐ろしい存在でしかないんだね、急に近よって来ちゃってごめん、どんな時だろうと恐ろしい存在であることは違いないもんね・・・
  • やっぱり私はあなたではないほかの人と一緒に暮らしていくことが正解みたい どれだけその他の人を傷つけようとあなたを傷つけるよりはマシだと思う

<歌詞3>

  • 「・・・・・・・・・・」
  • あなたが無言で立ち去るすがた、美しかった、この姿が人生の最後の絵となるならすごい幸せなのかもしれないな
  • 私はあなたを傷つけないことに決めました ほかの人をどれだけ傷つけようと

 

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槇原敬之さんはLGBTQにあたる方としてメディアでも度々取り上げられました。槇原さんがそのことをカミングアウトした曲としては「軒下のモンスター」が噂されますが、Hungly Spider も見方によっては、世間が貼る恋愛へのレッテルに憎しみを持った物語であると捉えられるかもしれませんね。

同性愛者の方々のお付き合いは世間に認められてはいけなく、隠さなければいけない、それはいつまで続くのでしょうか。私はもともとLGBTQという感性を持っている方に対して特別な感情を抱いたことがありません。何なら、誰かを特別な人として好きになれることに感心してしまいます。

LGBTQIA(+)という表現があるのをご存じでしょうか。この言葉のAはアセクシャルの頭文字をとっています。どんな人に対しても恋愛感情を持たない人を指します。私です。自分から人を恋愛対象として好きになることはありませんし、嫌いでなければ一緒にいられます。前にお付き合いしていた方とは10年ほど彼氏と彼女でした。

ちなみに私は自分が女性であることを認識しており、好きになる相手が男か女かという問題はおこりません、恋愛感情としての好きが存在しませんから。女性から告白され、もしその女性が一緒に暮らせるレベルの方であればその人と付き合います。これまで女性からご厚意をいただいたことが一度ありますが、その方はとっても几帳面なので私が一緒にいることはつらいだろうと判断し、お断りしました。

そして私は恋愛感情を持たないことを病気だとも思っていません。生きづらいとも思いません。友人に「あなたはアセクシャルだよ、150%」と言われて、そうだなと思ったのでそういうことにしています。「結婚しないの?」とか「いい人いないの?」とか言われますが「私、他人と長時間いると気が狂ってくるんで」というと何故か皆さん納得してくれます。恋愛出来ないなんて人生損してるよね、なんてことは一切言われたことがありません。もはや、アセクシャルではなく、対人関連のもっと違う病気であると言われたらそれを真剣に考えたいレベルです。

ま、友人も知人も職場の人も、私がどんな成果物を普段の生活で残しているかに興味があるのでしょう。いち人間に興味を持ってくれることは大変ありがたいですね。そういった注目のされ方、嫌いじゃないです。